けんぽんじ

見本寺


山梨県北杜市須玉町小倉2796
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

見本寺の基本情報



名称
見本寺
かな
けんぽんじ

詳細情報

名称
見本寺
かな
けんぽんじ
都道府県
山梨
住所
山梨県北杜市須玉町小倉2796
行き方
情報募集中
御朱印
あり
御朱印帳
なし
宗旨・宗派
日蓮宗
山号
長栄山
開山・開基
顕峯阿闍梨
創建時代
1469年(文明元年)
御本尊
一塔両尊四士 曼荼羅
御由緒
かつてこの地に真言宗の信蔵寺・顕峯寺という2寺があった。 時の住持と思われる顕峯阿闍梨(後に改めて日向)が法華経の教義を慕い日蓮宗に帰属、2寺を併せて開基となる。 時に1469年(文明元年)といわれる。 見本寺の寺号は、後に元禄の世に及び身延33世遠沾院日亭より賜ったもので、当寺の開山はそれより先。1509年(永正6年)に身延12世円教院日意によったものとされる。 安永・天保と両度の回禄に由緒宝物を失うに至る。 その後庫裡・書院・鐘楼堂は再建されたが、本堂の復興は容易に成らず。 21世日慈に至り、慶応2年、身延より永紫金跡を許された。 明治21年本堂再建を企図し、完成間近の22年9月、風災のため倒壊の厄に遭ったので再び着工、25年4月に至り竣工した。 しかるに22世日逮の代、明治30年4月、3度の祝融に罹り諸堂悉く焼失。 37年に2倍もの広さを持つ堂宇を完備し、身延より永緋金を許された。 『武田誠忠録』によると、美濃の一族の小笠原氏が武田信玄に投じ甲州に帰化して、北巨摩小倉の地に封ぜられ、生国丸毛の郷に因み丸茂の姓に改め代々名主となり、その後丸茂一族は当寺を菩提寺となすという。 檀方に丸茂氏が多いのはこのためである。 寺は身延直末にして通師(裏身延妙了寺)法縁。
体験
御朱印

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