じょうせつじ

常説寺


山梨県甲斐市吉沢714
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

常説寺の基本情報



名称
常説寺
かな
じょうせつじ

詳細情報

名称
常説寺
かな
じょうせつじ
都道府県
山梨
住所
山梨県甲斐市吉沢714
行き方
JR甲府駅南口バスターミナルから昇仙峡行きバス乗車25分 「桜橋」バス停降車徒歩3分
御朱印
あり
御朱印帳
なし
宗旨・宗派
日蓮宗
山号
順徳院山
開山・開基
栄澄僧正
創建時代
823年(弘仁14年)
文化財
順徳上皇御下賜の白輿格護(国重要文化財)
御由緒
岳とは「神仏がおられる神聖な山地」という意味で、金峰山(きんぷさん)信仰は第10代・崇神(すじん)天皇の御代(紀元前97~29年)、病気が蔓延したため、各地に神を祀り悪疫退散と万民息災を祈願し、甲州金峰山山頂(2595m)に医薬、禁厭の守護神・少彦名命を祀り山宮としたことに始まる。 第42代・文武(もんぶ)天皇の御代(697~707年)、役小角(えんのおづ)が奈良吉野の金峰山(きんぷせん)から魔障を除く仏、蔵王権現を祀り、以来神仏混合の修験道場として栄え、南北朝時代(1336~92年)には、奈良吉野に次ぐ全国的な山岳修験信仰の聖地となった。 修験信仰が衰えた江戸時代には、一般の信仰を集め、金峰山里宮の金桜神社年番神主が御岳御師(みたけおし)となって、関東一円に「御岳講」の普及をはかった。 常説寺はもと天台宗の寺院で、弘仁14年(823年)、伝教大師の弟子、栄澄僧正が大師御自作開眼の釈尊立像を奉持し、金峰山参拝道、一の鳥居内に台嶺山圓乗寺を建立したことから始まる。 承久年間(1220年頃)順徳上皇が、越後寺泊から甲州御岳金峰山に奉幣のため、上皇御使用の輿を使わす。勅使は圓乗寺萩堂に輿を留め、半月あまり天下泰平を祈願し、その法施として順徳院号を降ろされ、順徳院山圓乗寺と寺号を改める。 さらに文永年間(1270年頃)、日蓮大聖人甲州巡錫の折、御岳金桜神社へ参拝される。その途次、参道にあたる当山へ御逗留なされ、当山が順徳上皇に御由緒ありと聞くと、承久当時の昔を偲び、法華経の御説法をされる。 時の住僧乗蓮僧都は大聖人の教導を受け、御弟子となり、天台宗を棄てて名を安楽院日乗と改め、寺号も順徳院山常説寺と改める。 以来七百余年、法燈相継ぎ釈尊の正法、妙法蓮華経を常説法教化し今日に至る。
体験
写経・写仏御朱印重要文化財法話

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