こうやさんこんごうぶじ

高野山金剛峯寺


和歌山県伊都郡高野町高野山132
8:30〜17:00(受付時間16:30まで)
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

高野山金剛峯寺の基本情報



名称
高野山金剛峯寺
かな
こうやさんこんごうぶじ

詳細情報

名称
高野山金剛峯寺
かな
こうやさんこんごうぶじ
都道府県
和歌山
住所
和歌山県伊都郡高野町高野山132
行き方
南海りんかんバス 金剛峰寺前下車すぐ、千手院橋下車徒歩3分
参拝時間
30分〜1時間
公開時間
8:30〜17:00(受付時間16:30まで)
参拝料
一般 500円 小学生200円
お手洗い
あり
御朱印
あり真ん中に梵字と遍照金剛、右下に高野山、左下に金
御朱印帳
あり
宗旨・宗派
高野山真言宗
開山・開基
弘法大師
創建時代
明治二年(1869)
文化財
不動堂、八大童子立像、諸尊仏龕(国宝)
歴史
目次 1 歴史 1.1 平安・鎌倉時代 1.2 室町・江戸時代 1.3 明治時代以降 歴史[編集] 平安・鎌倉時代[編集] 弘仁7年(816年)、高野山を賜った空海は、翌年から実恵、円明などの東寺にいた弟子達に命じ草堂を建てさせ、819年に空海が高野山に結界を張り伽藍の建立に取りかかったが、国の援助を得ずに人々からの勧進による私寺建立を目指したこと、交通不便な山中であること、また朝廷からの要請による821年の香川県の満濃池の修築や828年の京都の綜芸種智院の開設などにより、空海が多忙であったことで、工事ははかどらなかった[1]。空海の在世中に完成した堂宇はごくわずかであり、...Wikipediaで続きを読む
御本尊
弘法大師
御由緒
金剛峯寺は本来、高野山全体をさす言葉でしたが、明治以降、管長猊下がいらっしゃる総本山のお寺のことを金剛峯寺と呼ぶようになりました。 由来は、どちらも豊臣秀吉が寄進した青厳寺と興山寺で、二つのお寺が合併してできたお寺が今の総本山金剛峯寺です。
引用元情報
「金剛峯寺」『ウィキペディア日本語版』。この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%87%91%E5%89%9B%E5%B3%AF%E5%AF%BA&oldid=89014484
概要
金剛峯寺(こんごうぶじ)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある高野山真言宗の総本山の寺院。正式には高野山金剛峯寺(こうやさんこんごうぶじ)と号する。 高野山は、和歌山県北部、周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの盆地状の平坦地に位置する。100か寺以上の寺院が密集する日本では他に例を見ない宗教都市である。京都の東寺と共に、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が修禅の道場として開創し、真言密教の聖地、また、弘法大師入定信仰の山として、21世紀の今日も多くの参詣者を集めている。2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部。 「金剛峯寺」という寺号は、明治期以降は1つの寺院の名称になっている。しかし高野山は「一山境内地」といわれ高野山全域が寺の境内地とされ、金剛峯寺の山号が高野山であることからも分かるように、元来は真言宗の総本山としての高野山全体と同義であった。寺紋は五三桐紋と三つ巴紋。
札所
神仏霊場巡拝の道・和歌山第13番札所
体験
世界遺産御朱印国宝重要文化財武将・サムライ有名人のお墓札所・七福神巡り伝説

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