でんちゅうじ

田中寺


東京都新宿区改代町11
参拝可能時間 午前7時〜午後5時
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

田中寺の基本情報



名称
田中寺
かな
でんちゅうじ

詳細情報

名称
田中寺
かな
でんちゅうじ
都道府県
東京
住所
東京都新宿区改代町11
行き方
東京メトロ東西線「神楽坂」駅、有楽町線「江戸川橋」駅より徒歩5分
参拝時間
約10分
公開時間
参拝可能時間 午前7時〜午後5時
参拝料
なし
お手洗い
ご使用の場合はお声がけいただければと思います。
御朱印
なし
宗旨・宗派
曹洞宗
山号
龍谷山
開山・開基
一山智乗(?〜1631)
創建時代
1628年(寛永5年)
御本尊
釈迦牟尼仏
御由緒
元々は「浄見寺(じょうけんじ)」という名前のお寺で、天神町にあったとされています。 当時は現在のような住宅街ではなく、田の中にありました。 ある日、徳川三代将軍家光公が鷹狩りの途中で当寺に立ち寄り、 「このお寺は田の中にあるから田中寺としたらよかろう」 という御下命をいただいたことから、「田中寺」と改称されました。 また、当寺には「江戸山手二十八地蔵霊場」の一つで、 墓地入口には二十四番目「富田地蔵尊」を祀っています。 この富田地蔵尊の逸話について次のように伝えられています。 戦国末期、富田玄蕃なる人物が日頃地蔵尊を篤く信仰していました。 ところが文禄三(1594)年、玄蕃に対して遺恨をいだく者がいて、ある夜玄蕃の家に討ち入りして首を取りました。 しかし、翌朝その首を取り出して見ると、それは地蔵の首でした。 その者は仰天して玄蕃のところに行き、事の次第を話しました。 玄蕃も驚き、仏壇に安置している地蔵尊を見ると、なんとその首がなかったのです。 玄蕃は「これは日頃篤く信仰している地蔵尊のおかげ」と思い、ついには出家したと言われています。 後に浄見寺が建立されると、地蔵尊が祀られるようになりました。 家光公がお立ち寄りの際に「田中寺」の寺号を頂戴したと先に述べましたが、 その時にこの地蔵尊の逸話を聞き、「富田地蔵菩薩」と名づけられました。 そして、通称「身代わり地蔵」として広く人々の信仰を集め、親しまれました。
体験
坐禅(座禅)写経・写仏祈祷

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