かわさきだいしとうきょうべついん

川崎大師東京別院


東京都中央区東日本橋2-6-8
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

川崎大師東京別院の基本情報



名称
川崎大師東京別院
かな
かわさきだいしとうきょうべついん

詳細情報

名称
川崎大師東京別院
かな
かわさきだいしとうきょうべついん
都道府県
東京
住所
東京都中央区東日本橋2-6-8
アクセス
交通[編集] 鉄道 都営地下鉄浅草線○東日本橋駅 - 副駅名として問屋街が使用されている。 バス 都営バス秋26系統(葛西駅行)東日本橋駅
行き方
都営地下鉄浅草線東日本橋駅B3出口、B4出口 徒歩約3分 都営地下鉄新宿線馬喰横山駅A3出口、A4出口 徒歩約5分 JR総武線快速馬喰町駅徒歩5分 JR総武線浅草橋駅徒歩8分
参拝料
なし
御朱印
あり
御朱印帳
あり
宗旨・宗派
真言宗 智山派(しんごんしゅう ちさんは)
開山・開基
大印僧都(だいいんそうず)
創建時代
1591年(天正19年)
御本尊
不動明王 (ふどうみょうおう)
御由緒
御本尊(不動明王)は崇徳天皇の時代、保延3年(1137)に 真言宗の興教大師・覚鑁(かくばん)上人が造り、 紀州(現在の和歌山県)・根来寺(ねごろじ)に安置されたものです。 その後、天正13年(1585)、豊臣秀吉勢の兵火に遭った際 根来寺の大印僧都(だいいんそうず)はそのご尊像を背負ってはるばる東国に下りました。 そして、天正19年(1591)隅田川のほとりに堂宇を建立しました。 これが現在の薬研堀不動院のはじまりです。 目黒、目白と並び江戸三大不動として『江戸名所図会』をはじめ多くの文献に紹介されました。 その後、明治25年(1892)より川崎大師の東京別院となり現在に至っています。 また、順天堂の学祖と仰がれている佐藤泰然(たいぜん)が、 天保9年(1838)に和蘭(オランダ)医学塾を開講した場所でもあります。
引用元情報
「薬研堀不動院」『ウィキペディア日本語版』。この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E8%96%AC%E7%A0%94%E5%A0%80%E4%B8%8D%E5%8B%95%E9%99%A2&oldid=89124446
概要
薬研堀不動院(やげんぼりふどういん)は東京都中央区東日本橋にある寺院である。
札所
関東三十六不動 21番 御府内八十八箇所 23番
体験
写経・写仏御朱印札所・七福神巡り

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