宇迦八幡宮の基本情報
詳細情報
御由緒
亨保年間(1720年)近江の国の人千田庄兵工氏此の地に来り、時の幕府徳川第八代将軍吉宗公に願い出て、此の土地を開拓せんと3年の長きを費やして村造りを固めなし、其の氏をとって武蔵野国南葛飾郡千田新田と名付けらる。後に寛政九年村全体が一橋家の領家となったので一橋領十万坪とも称したり。 当神社はその当時小さな祠であったが、千田庄兵工敬神の念篤く、神殿を造り千田神社と称し土地の産土神として崇められる。 たまたま土地に穀物の実らざるを嘆き当神社に祈願を籠め、神霊のお告げを受けて、これに代うるに片栗を栽培して農民の飢餓を救ったという古き伝説の故を以て、片栗八幡宮とも称す。