妙法華寺の基本情報
詳細情報
御由緒
この寺は日蓮宗本山で、日蓮大上人(にちれんだいしょうにん)第1の弟子、大成弁日昭上人(たいじょうべんにっしょうしょうにん)によって、およそ700年前に鎌倉で建てられ、その後、越後(えちご)、伊豆加殿(かどの)村を経て元和7年(1621)、この地に移転され大成されました。その移転に尽力したのが徳川家康側室(そくしつ)で水戸光圀公(みとみつくにこう)の祖母にあたる養珠院(ようじゅいん)お万の方、英勝院(えいしょういん)お勝の方、そして江戸城を築いた太田道灌(おおたどうかん)の子孫の資宗(すけむね)でした。さらに全国末寺(まつじ)80余りの寺や徳川幕府による協力も大きかったようです。 当時の建物の様子は、総門、仁王門(におうもん)を経て正面に18間(約33m)四方の大本堂(八日堂)(ようかどう)、大中鐘楼(しょうろう)、五重の塔、経蔵(きょうぞう)、三光堂、奥の院、右側に大客殿、祖師堂(そしどう)、大中書院、大小庫裡(くり)、周囲に24の塔中(たっちゅう)寺院など、およそ240棟(むね)の雄大壮麗な寺の景観を誇ったものですが、惜しいことに170年後、寛政3年(1791)の大火により、わずか数戸の建物を残してほとんど焼失してしまいました。現在の伽藍(がらん)は百数十年前に、第41世日桓上人(にちかんしょうにん)(注1)によって再建されたものです。 スギやマツの古木に囲まれた境内は、およそ2万坪(6.6ha)あり、重厚な石垣に名勝百間塀(ひゃっけんべい)を巡らして風格ある昭光門(注2)法殿(ほうでん)(本堂)、祖師堂、大書院、大庫裡、宝物館、さらに駿府(すんぷ)城内にあったお万の方の居間を移築した奥書院などが建ち並んでいます。 表、中、奥の広壮な3庭園には四季折々の花が絶えず目を楽しませてくれます。また、菩提樹(ぼだいじゅ)や沙羅双樹(さらそうじゅ)などの聖樹(せいじゅ)もあり、より一層清雅さを増し京都の寺のような優雅さがあると言われています。 所蔵品としては、鎌倉時代の「日蓮上人説法図」、「絵曼陀羅」(えまんだら)、日蓮直筆の「註(ちゅう)法華経十巻」、「撰時抄(せんじしょう)五巻」などの国の重要文化財があり、その他にもたくさんの宝物があります。 (注1) 高僧であると同時に、優れた俳人でもあり、一瓢と名のり小林一茶が師事したと言われています。 (注2) 平成7年(1995)、突風によりサクラの大樹が倒れ、倒壊したため、平成11年(1999)4月に再建されました。