みくりやじんじゃ

御厨神社


三重県松阪市本町2304番地
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

御厨神社の基本情報



名称
御厨神社
かな
みくりやじんじゃ

詳細情報

名称
御厨神社
かな
みくりやじんじゃ
都道府県
三重
住所
三重県松阪市本町2304番地
行き方
JR・近鉄「松阪駅」より徒歩10分。三交バス「本町」下車、徒歩5分
お手洗い
あり
御朱印
あり
御祭神
建速須佐之男命、加夫呂岐命、火産霊命
御由緒
当社の創始については詳らかなことはわからないが、その前身は飯高郡下ツ牧(現、平生)の平生御厨である。往古、平生は参宮の駅路にあたり勅使参向の時には当社に止館し、交通の安全を祈願したと伝える。それに由来してか、現在でも当社を見送神社と俗称している。中世には伊勢国司北畠氏の信仰篤く、度々供物が献納された。戦国時代に入ると戦火により社殿は退廃し、僅かに神垣が昔の名残りを留めるに過ぎなかった。天正12年(1584) 蒲生氏郷が四五百(よいほの)森に松坂城を構築する際、当社の尊厳を考え城郭の大手先に奉遷したが、元和6年(1620)紀州藩主徳川頼宣の家臣、長野九左衛門が城の鬼門の鎮守として現在地に移した。嘉永3年(1850年)紀州侯が「境内殺生禁断」の石標を献納し、毎年正月には城門において獅子舞を奉納するを例とした。明治2年(1869)2月明治天皇神宮御参拝の折、当地に御駐車されている。明治41年(1908)に八幡神社、奥津彦神社、市岐島姫神社を合祀した。因みに、国学の泰斗、本居宣長も当社を常に尊崇し、多数の図書を献じている。
体験
お祓い七五三祭り

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