立坂神社の基本情報
詳細情報
御祭神
《主》大日貴尊,《配》武甕槌神,斎主神,天児屋根命,姫大神,木花咲夜比売神,大山津見神,天目一箇神,神功皇后,応神天皇,玉依姫
御由緒
『延喜式神名帳』に記載の立坂神社として『神名帳傍注』他に比地にあることを記載する。嘉永6年(1853)有楢川熾仁親王殿下御筆に成る立坂神社の奉額あり。明治2年3月聖上御東幸の際同月15日当地御駐輦あり、即日本社へ奉幣使を遣される。維新以前鷹司家の崇敬厚く、御紋所の幕等寄付あり、かつ神宮は同家の支配を受けていた。旧藩主の崇敬は多度神社・桑名神社と同一にして枚挙に遑なく、造営・修補を行う。宝永8年(1711)領主松平定重越後高田へ移封の後、同侯の崇敬に依り領内へ本社の神符を頒布することを許され其地人民の信仰が厚かった。「合殿矢田八幡社は昔時令の地より西の方にありという。今此の地に八幡宮を祭るは天武帝行宮の名区を後世に廃れざらんが為に設けたる所にして云々」(五鈴遺響)。(而して慶長年中(1596~)本多侯矢田河原に勢揃あり。其時旗印に霊鳩来り止まりて祥瑞を顕わす。大いに功を収め帰陣後問うて曰く『此の地八幡社ありや』と土人曰く『西方にあり』と、仍りて之を奉祀す。後更に山城国石清水八幡宮を勧請して此を桑名八幡宮と称す、実に元和元年(1615)なり、後地名により矢田ハ幡宮と改む」と伝える。