岡八幡宮の基本情報
詳細情報
公開時間
社務所/6:00~17:00(目安) 参拝/24時間
御祭神
《合》天児屋根命,菅原道真,火之迦具土命,大物主命,健速須佐之男命,蛭子命,五男三女神,愛宕将軍地蔵,《主》誉田別命,神功皇后,仲津姫命,仁徳天皇,伊賀津彦神,伊香津姫神
御由緒
源頼朝は、文治5(1189)年6月、奥州平泉の藤原泰衡追討の院宣を得て、鎌倉・鶴が岡八幡宮に参拝し戦勝を祈願しました。 そのとき頼朝は「戦勝し日本全土を平定した暁には、鶴が岡八幡宮末社を全国六十余国に建立する」と祈願し、第一番を伊賀国にとの神意を受けました。 翌年9月奥州攻略後、伊賀白樫の地に方四町の神域を設けて鶴が岡八幡宮の第一号末社の建立に着手し、建長元(1190)年工事を完了しました。社名の「岡八幡」は、鶴が岡八幡宮の末社を示す略称です。末社建設は伊賀国を最初に全国に進める予定でしたが、頼朝の没後その計画は中止され、岡八幡宮が最初で最後の末社となりました。 境内には、徳川三代将軍家光の時代、37歳の若さで亀山城主となった白樫出身の中川甚兵衛重規が奉納した等身大の木彫神馬があります。この神馬は、白樫出身の槍術の名人・高田又兵衛が岡八幡境内で近隣の若者達に槍術を教えていたころ、甚兵衛も又兵衛について槍術を学び、そのお陰で出世できたとしてお礼の奉納したものです。