菱妻神社の基本情報
詳細情報
御由緒
天津彦火瓊瓊杵尊を御祭神とする当社は九世紀中頃には存立し『延喜式神名帳』に記載の簀原大明神が前身とされる。しかし詳細は明らかではない。 古文書によれば、十二世紀初め、簀原の地に建立された火止津目大明神が桂川の大洪水で流失し、下流の久我の地に再建された。当社は流失の跡地に簀原大明神を奉じて鎮座したものであると思われる十三世紀頃社名を乙訓坐火雷神社に、十六世紀頃菱妻神社に変更したとされる。 境内に相殿で磐裂(石神)、加茂、春日、蛭児、松尾、稲荷の各末社が、境外に祠はないが走田、簀原、茨田の各末社がある。