法音院の基本情報
詳細情報
御由緒
鎌倉時代末期、嘉暦元年(1326)無人如導宗師によって創建されるが、室町期応仁の乱により当院も兵災焼亡。 その後、江戸時代初期寛文五年(1665)幕府及び本多正貫・同夫人の支援を得、覚雲西堂師の手により再建される。 書院は伏見桃山城の遺構の一部である。 現在の本堂は英照皇太后(孝明天皇女御)御大葬の御須屋(御陵の上に設けた仮屋)を賜ったもので本尊は不空羂索観音。一面三眼八臂のお姿で、もれなく人々を救済加護し、あらゆる困難・苦難・災難から救ってくださる観音様である。 洛陽三十三観音霊場第二十五番札所であり、泉涌寺七福神では健康長寿・諸病平癒・富貴繁栄のご利益がある寿老人を祀る。
札所
洛陽三十三観音霊場・第二十五番札所 泉山七福神・寿老人