またふりじんじゃ

末多武利神社


京都府宇治市宇治又振
24時間
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

末多武利神社の基本情報



名称
末多武利神社
かな
またふりじんじゃ

詳細情報

名称
末多武利神社
かな
またふりじんじゃ
都道府県
京都
住所
京都府宇治市宇治又振
行き方
京阪宇治線宇治駅徒歩5分 JR奈良線宇治駅徒歩13分
公開時間
24時間
参拝料
なし
お手洗い
なし
歴史
歴史[編集] 藤原忠文は天慶2年(940年)、平将門の乱鎮圧のための征東大将軍に任ぜられ東国に向かったが、到着前に平将門は討たれていた。忠文は大納言藤原実頼の反対により恩賞の対象から外されたので、忠文は実頼を深く恨み、死後も実頼の子孫に祟ったという。この神社は忠文の御霊を慰めるために作られたものである。
御祭神
藤原忠文
御由緒
941年、参議・藤原忠文は、征夷大将軍として東国の平将門の乱平定に向かう。だが、その到着前に将門はすでに討たれていたという。そのため、大納言・藤原実頼(900-970)により恩賞の対象から外された。忠文は実頼を恨み、死後も一族の子女に憑りついて祟ったという。その怨霊を鎮魂するために祠に祀られたという。
引用元情報
「末多武利神社」『ウィキペディア日本語版』。この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%9C%AB%E5%A4%9A%E6%AD%A6%E5%88%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=87746654
概要
末多武利神社(またふりじんじゃ)は、京都府宇治市宇治又振にある神社。
行事
祭事[編集] 毎年12月17日に神事として、「お火焚き」(おひたき)が行われる[1]。この神事は江戸時代から伝わっており、生活に不可欠である「火」の価値を再認識し、火災のもとへの注意喚起も企図しており、人々の意識付けや交流の場として利用されている[1]。 ^ a b 日々感謝と火の元用心 末多武利神社で「お火焚き」 - 城南新報 ON WEB2019年6月16日 閲覧

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