光明寺の基本情報
詳細情報
アクセス
交通[編集] JR横須賀線・江ノ島電鉄鎌倉駅から京浜急行バス小坪経由逗子駅行き「光明寺」下車徒歩すぐ
行き方
・JR横須賀線鎌倉駅東口から、京急バス 7番のりば ’小坪経由 逗子駅行 ’約10分「光明寺バス停」下車で徒歩1分。 ・または JR横須賀線逗子駅から、京急バス ’小坪経由 鎌倉駅行 ’約15分「光明寺バス停」下車で徒歩1分。 ・または 京急電鉄 逗子葉山駅(旧名:新逗子駅)から、京急バス ’小坪経由 鎌倉駅行 ’約15分「光明寺バス停」下車で徒歩1分。
参拝時間
大殿(本堂)と境内ならば約20分。その他で大殿裏の古道から高台の展望場所 ~ 内藤家墓所前を散策できます。
公開時間
【参拝時間】 ①開門:午前6時/閉門:午後5時(4月1日より10月14日まで) ②開門:午前7時/閉門:午後4時(10月15日より3月31日まで) 【御朱印・土産物の受付】午前9時より午後4時まで(通年)
参拝料
なし。大殿、石庭観覧場所、紀主庭園観覧場所へ上がるのにも無料です。(ただし2020年現在、10年掛かりで大殿修理で開山堂が仮本堂です。)
お手洗い
あり。総門を潜って直ぐの場所 < と、大殿(本堂)の外廊下(石庭観覧場所)から堂の裏側に在ります。ただし大殿は2020年から十年掛かりの修復中です。>
開山・開基
開基:北条経時 / 開山:浄土宗三祖の 然阿良忠
創建時代
不明 < 諸説有って不明だが説の一例として:仁治元年(1240年)佐助ヶ谷に開創した蓮華寺を起源とし、寛元元年(1243年)現在地に移築し光明寺と改称したという説>
文化財
国宝: 『当麻曼荼羅縁起絵巻二巻・附松平定信添書一巻』 紙本著色/上巻 縦51.5×長796.7 下巻 縦51.5×長689.8 . 重要文化財: 『本堂(大殿)』 入母屋造 銅版葺 単層 『当麻曼荼羅図一幅』 絹本著色/縦147.6×横143.3 『浄土五祖絵伝一巻』 紙本著色/縦33.0×長990.4 『十八羅漢および僧像』 紙本著色/各縦120.0×横48.5
本堂
入母屋造、銅板棒瓦葺き。(桁行9間、梁間11間。実寸は間口奥行ともに約25メートル。)
歴史
歴史[編集] 寺伝によれば、開基は北条経時、開山は浄土宗三祖然阿良忠であり[1]、仁治元年(1240年)佐助ヶ谷に開創した蓮華寺を起源とし、寛元元年(1243年)現在地に移築し光明寺と改称したとされるが、『然阿上人伝』は鎌倉入を正元元年(1259年)としており、疑問視されている[2][注釈 1]。 13世紀から14世紀にかけての歴史はあまり定かでないが、室町時代には中興開山とされる祐崇(ゆうそう、? - 1509年)によって復興された。明応4年(1495年)には後土御門天皇より勅願寺に定められている。 近世には、浄土宗の関東十八檀林の第一位の寺として栄えた[4]。 ^ 新編鎌倉志 1...Wikipediaで続きを読む
御由緒
諸説有って不明とされていますが説の一例として: 仁治元年(1240年)佐助ヶ谷に開創した蓮華寺を起源とし、 寛元元年(1243年)現在地に移築し光明寺と改称したという説があります。
引用元情報
「光明寺 (鎌倉市)」『ウィキペディア日本語版』。この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%85%89%E6%98%8E%E5%AF%BA%20(%E9%8E%8C%E5%80%89%E5%B8%82)&oldid=88220701
概要
光明寺(こうみょうじ)は、神奈川県鎌倉市材木座にある浄土宗の寺院である。寺格は大本山。山号を天照山と称する。本尊は阿弥陀如来。
札所
鎌倉三十三観音霊場 第18番 : 如意輪観世音 関東七観音霊場 : 如意輪観世音 鎌倉二十四地蔵尊 第22番 : 延命地蔵尊 東国花の寺百ヶ寺 鎌倉2番
体験
おみくじ仏像傾聴御朱印お守り国宝重要文化財有名人のお墓札所・七福神巡り除夜の鐘法話
光明寺へのアクセス
アクセス
交通[編集] JR横須賀線・江ノ島電鉄鎌倉駅から京浜急行バス小坪経由逗子駅行き「光明寺」下車徒歩すぐ
行き方
・JR横須賀線鎌倉駅東口から、京急バス 7番のりば ’小坪経由 逗子駅行 ’約10分「光明寺バス停」下車で徒歩1分。 ・または JR横須賀線逗子駅から、京急バス ’小坪経由 鎌倉駅行 ’約15分「光明寺バス停」下車で徒歩1分。 ・または 京急電鉄 逗子葉山駅(旧名:新逗子駅)から、京急バス ’小坪経由 鎌倉駅行 ’約15分「光明寺バス停」下車で徒歩1分。