馬乗石山 久蔵寺(折鶴のお寺・原爆死没者追悼寺院)の基本情報
名称
馬乗石山 久蔵寺(折鶴のお寺・原爆死没者追悼寺院)
詳細情報
名称
馬乗石山 久蔵寺(折鶴のお寺・原爆死没者追悼寺院)
行き方
広島駅からタクシー10分 府中大橋を渡り2つ目の信号を右折。すぐの信号左折。 ジュンテンドー(ホームセンター)30メートル先左折。 広島県庁発、府中永田行 広電バス 2-1番乗車約20分「府中大橋」バス停下車 そこから約500m徒歩約8分 ※府中山田行、府中ニュータウン行も利用可
御由緒
あの日のことを伝えたい 8月6日 その日は雲一つない青空だった 決して忘れない あなた達のことを 1945(昭和20)年8月6日(月)朝8時15分、広島への原爆投下により、藤川製鋼所の学徒動員の生徒、社員120名が国民義勇隊員として旧広島県庁付近(現在広島市中区加古町)の建物疎開作業中に犠牲となりました。この120名の物故者(死没者)追悼のため藤川製鋼所の代表・藤川長市が1946(昭和21)年8月6日(火)に原爆供養塔と熱心な安芸門徒であったことから念仏道場を建立した。 その後、浄土真宗本願寺派 大龍寺第十一世住職・釋了雲師の三男・釋眞澄師を開基( 初代住職 )としてお迎えし、同年11月27日(火)、浄土真宗本願寺派 龍谷山本願寺(西本願寺)にて、第二十三世ご門主・勝如上人より、御本尊(阿弥陀如来)の『点検証書』を受領いたしました。同年12月6日(木)には、西本願寺広島別院輪番代理導師のもと本堂の落慶法要が勤まりました。 山号を古くから呼ばれていた「馬乗石山(ばじょうせきざん」とし、『一切経(大蔵経)』の『根本説一切有部毘奈耶(こんぽんせついっさいうぶびなや)』より「久蔵」を頂き(一説には、長市の養父の名前から頂戴したとも言われている)、寺号を「久蔵寺」としました。 当初は、浄土真宗系単立寺院でしたが、1988(昭和63)年11月8日(火)に『宗教法人』の設立となり、2006(平成18)年9月21日(木)には『浄土真宗 本願寺派』へ「設定」され、今日に至る。 合掌 馬乗石山 久蔵寺 第四世 釋信教
札所
世界で唯一、戦争死没者の追悼(供養・偲ぶ)ために建立された宗教寺院です。
体験
写経・写仏お宮参り結婚式七五三仏像傾聴食事・カフェ除夜の鐘法話
馬乗石山 久蔵寺(折鶴のお寺・原爆死没者追悼寺院)へのアクセス
行き方
広島駅からタクシー10分 府中大橋を渡り2つ目の信号を右折。すぐの信号左折。 ジュンテンドー(ホームセンター)30メートル先左折。 広島県庁発、府中永田行 広電バス 2-1番乗車約20分「府中大橋」バス停下車 そこから約500m徒歩約8分 ※府中山田行、府中ニュータウン行も利用可