だいぜんじたまたれぐう

大善寺玉垂宮


福岡県久留米市大善寺町宮本1463-1
参拝自由
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

大善寺玉垂宮の基本情報



名称
大善寺玉垂宮
かな
だいぜんじたまたれぐう

詳細情報

名称
大善寺玉垂宮
かな
だいぜんじたまたれぐう
都道府県
福岡
住所
福岡県久留米市大善寺町宮本1463-1
行き方
西鉄天神大牟田線「大善寺駅」より徒歩5分
参拝時間
約15分
公開時間
参拝自由
参拝料
なし
お手洗い
なし
御朱印
あり
御朱印帳
なし
創建時代
103年
文化財
傘橋記念塔(市重要文化財)
本殿
権現造
御祭神
《主》玉垂命 《合》八幡大神,住吉大神
御由緒
天武天皇の白鳳元年(六七三年)に三池長者師直が、玉垂宮の古跡に法相宗の僧安泰をして祭神を祀らせ、そばに一宇の精舎を開基して御廟院高法寺と号しました。後に、高法寺は延暦年間天台宗となり、弘仁五年(八一四年)に嵯峨天皇の勅命により、殿堂、楼門、回廊などを新たに建立し、善美を尽くしたので大善寺と改められました。盛時には衆徒四五坊、社領三〇〇〇町を有していたと伝えられます。 御祭神は、玉垂命(藤大臣(とうのおとど)・高良大明神とも称す)、八幡大神、住吉大神が祀られています。藤大臣は神功皇后の三韓出兵に大功があり、玉垂宮と神功皇后との関係が深い。『吉山旧記』によれば、藤大臣は仁徳天皇五五年に賊徒退治の勅命を受け、この地に下り筑紫を平定し、同五七年(三六九年)高村(大善寺の古名)に御宮を造営し筑紫の政事を行ったが、仁徳天皇七八年(三九〇年)にこ の地に没し祀られ、高良玉垂宮と諡(おくりな)されたと伝えられます。
体験
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