ゆうぐんじんじゃ

雄郡神社


愛媛県松山市小栗3丁目3-19
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

雄郡神社の基本情報



名称
雄郡神社
かな
ゆうぐんじんじゃ

詳細情報

名称
雄郡神社
かな
ゆうぐんじんじゃ
都道府県
愛媛
住所
愛媛県松山市小栗3丁目3-19
アクセス
アクセス[編集] 伊予鉄バス雄郡神社東バス停下車徒歩3分。
行き方
伊予鉄道バス雄郡神社東下車、徒歩3分
御朱印
あり
歴史
由緒[編集] 社伝によれば、戦国時代に兵火に罹った折に記録を失ったため、主祭神の天宇受売命の創祀の時期は不明であるが、後に用明天皇元年(586年)、筑紫の宇佐八幡から八幡三神を勧請したという。 元慶2年(878年)に従五位下の神階を受け[1]、延久5年(1073年)に源頼義により松山八社八幡の4番社に定められる。慶長5年(1600年)、毛利氏による三津刈屋口の戦いにて焼失したため、同19年に松山藩初代藩主加藤嘉明が社殿を復興した。元禄6年(1693年)、松山藩松平家4代藩主定直により再建。 ^ 『日本三代実録』同年7月8日条。
御祭神
天宇受売命(あめのうずめのみこと) 帯中日子尊(たらしなかつひこのみこと) 息長帯姫尊(おきながたらしひめのみこと) 品陀和氣命(ほむだわけのみこと)
御由緒
天宇受売命御鎮座の年代は未詳だが、八幡三神の奉祀は用明天皇元年という。八町四方の社地は慶長後の兵火により漸次水田となる。 現在の社殿は久松旧藩主の元禄6年寄進による。陽成帝の御宇に従五位下を授けられ、後三條帝の御宇に源頼義は正八幡宮と称し、加藤嘉明の尊崇厚く、明治年代に雄郡神社と改称した。
引用元情報
「雄郡神社」『ウィキペディア日本語版』。この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%9B%84%E9%83%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=68254462
概要
雄郡神社(ゆうぐんじんじゃ)は、愛媛県松山市小栗にある神社。国史見在社、旧県社で松山八社八幡の1社(正八幡として4番社)。神紋は左三つ巴。
行事
年中行事[編集] 日付 祭祀 3月第1日曜 福運祭   6月30日 夏越祭   10月6日 例大祭   10月7日 神幸祭  

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