医徳院の基本情報
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歴史
由緒[編集] 行基が医王寺十二坊の一つとして開創し、建暦2年(1212年)に奥の院神宮寺として篠島に移転したと伝わる[1]。寛正元年(1460年)、夢のお告げで漁師が引き揚げたのが本尊の薬師如来像という[1][2]。天正10年(1582年)、本能寺の変により徳川家康が岡崎へ戻る途中、ここで一泊して武運長久を祈願している[1][2]。本堂は、延享元年(1744年)に建立されたもので、伊勢神宮西方殿の御用材が使用されている[1]。 ^ a b c d 『知多四国巡礼 決定版 地図ガイド』歴遊舎、2013年 ^ a b ちたまるナビ 金剛山医徳院
引用元情報
「医徳院」『ウィキペディア日本語版』。この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%8C%BB%E5%BE%B3%E9%99%A2&oldid=81940137
概要
医徳院(いとくいん)は、愛知県知多郡南知多町大字篠島照浜27にある真言宗豊山派の寺院。山号は金剛山。本尊は薬師如来。知多四国霊場第39番札所。