こうせんじ

光泉寺


愛知県常滑市金山平井111
24時間参拝可能
縁結び・恋愛成就
学問の神様・合格祈願

光泉寺の基本情報



名称
光泉寺
かな
こうせんじ

詳細情報

名称
光泉寺
かな
こうせんじ
都道府県
愛知
住所
愛知県常滑市金山平井111
アクセス
交通アクセス[編集] 鉄道 名古屋鉄道常滑線、大野町駅下車、徒歩35分 車 セントレアライン、常滑インターチェンジより車で5分
行き方
常滑線大野町駅より徒歩35分 常滑ICより車で10分
公開時間
24時間参拝可能
参拝料
なし
お手洗い
本門の横にございます
御朱印
なし
宗旨・宗派
真宗大谷派
山号
松林山
開山・開基
沸然上人
創建時代
1467年(応仁元年)
歴史
歴史[編集] この寺は、1467年(応仁元年)の創建と伝えられる。
御本尊
阿弥陀如来
御由緒
応仁元年1月(1467年)、現在の地に沸然上人(俗姓、藤原朝臣)を開山として創始される。 時期については、「常滑市誌」に文明7年(1475年)より少し前(沸然上人の没年の少し前)に、と記載されている。 永禄年間(1558年~1570年)に、一時、兵火のため焼失する。 その後、中興開基、賢了庵釈秀天により再興される。 中興二世の折に、妻、伝通院(徳川家康公の御生母、於大の方)の御乳母となり また、その由緒を以って以下の御品を下賜される。 御紋付御打敷、御茶入、御菓子盆、長柄御傘 なお、伝通院の御位牌については、今も現に安置する。 本能寺の変(1582年)の折に、徳川家康公が三河への帰途につかれ、大野へ上陸されて成岩の常楽寺へ赴かれたさいに、記念に薙刀を置いていかれたと云われる。 また、一説には徳川家との姻戚関係により、拝領した物とも云われる。 慶長13年10月(1608年)、境内地2反5畝歩を拝領する。 元和3年(1617年)、尾張藩初代藩主、徳川義直公(源敬公)におかせられては、知多郡への御巡視の折に先々の縁故を以って、御立ち寄り被遊される。 また、伝通院の御菩提のため以下の御品を下賜される。 御紋付御長刀一振、御紋付御髪請、御紋付御提灯四張 万治2年(1659年)、尾張藩二代藩主、徳川光友公(源正公、瑞龍院)におかせられては、御鷹野の折に御立ち寄り被遊される。 また、その折に以下の御品を下賜される。 御紋付白地七條袈裟一衣、御懸物、古法眼筆、寒山之僧一軸 江戸時代初期までは、浄泉寺と云った。また、同中期には大野の光明寺の末寺であった。 その間、寛文9年(1669年)の頃、故あって、寺号を光泉寺へと改称する。 文政5年9月(1822年)、松林山の山号を申請する。
引用元情報
「光泉寺 (常滑市)」『ウィキペディア日本語版』。この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%85%89%E6%B3%89%E5%AF%BA%20(%E5%B8%B8%E6%BB%91%E5%B8%82)&oldid=88210188
概要
光泉寺(こうせんじ)は、愛知県常滑市にある真宗大谷派の寺院。山号は松林山。本尊は阿弥陀如来。
体験
写経・写仏仏像傾聴除夜の鐘法話

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