崇運寺の基本情報
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歴史
歴史[編集] 建久3年(1192年)、後鳥羽上皇の第7皇子である覚快法親王によって建立されたと伝わる[1]。 室町時代の大永年間(1521年 - 1528年)に浄土宗に改宗した[1]。 慶長5年(1600年)6月20日、会津の上杉景勝を攻めるために大坂城を出陣した徳川家康は佐久島を訪れた。この際には崇運寺に泊まったとされる[1]。江戸時代には境内で寺子屋も行われた。 ^ a b c 崇運寺 西尾観光
引用元情報
「崇運寺」『ウィキペディア日本語版』。この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%B4%87%E9%81%8B%E5%AF%BA&oldid=87709462
概要
崇運寺(そううんじ)は、愛知県西尾市一色町佐久島西側5にある浄土宗西山深草派の寺院。境内は佐久島西港近くの高台にある。住職が居住する佐久島唯一の寺院であり、阿弥陀寺などは無住である。